COSMIC WONDER Free Press
静寂の未知炉、新たに光を灯すよう
第1章
Cosmic Wonderが20年を迎えた。
この冬、スタジオごと京都の美山に越して、茅葺き屋根の村落のなかに「竜宮を構えた」前田征紀は取材の前日、朝から夕方まで雪かきに追われていたという。スカイプの画面には障子窓のむこうにこんもり雪をかむった松の木が見えた。そして、木の間には何日かぶりだという青空が覗いていた。
スカイプを通して出会った前田は、20年前にニューヨークで撮影した写真集のことや初めてのパリコレのこと、創造的なことや神秘世界を追求するこころみを語った。Cosmic Wonderのまだ誰も行ったことのない地平を切り拓く精神の先鋭さと、あちらとこちらのあいだで揺れるこころの綾が、時折顔をのぞかせた。過去と、いまと、その先と。
「静寂の未知炉、新たに光を灯すよう」
N.H: 今日は前田さんとまず、Cosmic Wonderの初期の10年を振り返ってみたいとおもいます。前田さんは1994年に大学を卒業してCosmic Wonderをはじめたそうですが、創設は1997年なのですね。
Y.M: 美術大学の建築科を卒業したあと、仲間と手さぐりでCosmic Wonderをはじめました。最初のうちは皆働いたことがなくて、独自の方法でやっていたのですが、1997年に方向性を決めて、会社にしました。
The dress attachable a wall 1999
私たちにもう心の壁は必要ない。
心の壁はどこへ行ったの?
ドレスに貼付けてやったのさ。
悲しみの壁はドレスに貼付けて見せしめにするのがいい。
そして、自由になるのだ。*
N.H: 最初の作品がThe dress attachable a wall という写真集でした(1999年11月刊行)。当時東京でまだCosmic Wonderの存在を知る人は少なかったのですが、写真集がオン・サンデーズに大きくディスプレイされていたことはよく覚えています。この刊行に至る経緯を教えてください。
Y.M: 「いわゆる服ではない、創造的なものとしての服」を作って、それを日常のなかで着る、という場面を写真集で出してみたいと思いました。写真集を制作するにあたって、ニューヨークのアクトレスというバンドの人たちを紹介してもらいました。壁付きドレスを着てもらい、ニューヨークの彼女たちの日常のなかで写真を撮りました。
N.H: 4人のモデルさんと、4日間くらい撮影しましたか?
Y.M: そうです。現存しないバンドですが。
N.H: 前田さんが撮影していますか?
Y.M: はい。
N.H: 写真集の最後に4人が「壁のついた服を着てみてどうでした?」という質問に答えていて、それぞれ全く違う答えなのが面白かったです。「すごかった! 壁は思ったより暖かかったわ」「すごく邪魔だった」「夜のおわりに、脱いだの。バンド練習の邪魔だったから」「安心感。着る前は悲しい感じがあったけど、着てみたら突然、すごいなって感じがしたの」。最初期のCosmic Wonderには、作品としてのコレクションラインと、日常着としてのCosmic Wonder Jeansという2つのラインがあって、壁のついた服はコレクションラインでしたね。服に壁がつくというのは実際にはどのように?
Y.M: 壁に見立てたフェルトをシースルーの身頃の生地に針で叩いて一体化させるという、ちょっと変わったテクニックでできていました。身頃の生地は切りっぱなしで、端に樹脂が塗られ、ほどけないようになっていました。
N.H: 「壁と服がくっつく」という要素について伺います。初期のCosmic Wonderに繰り返し現れるテーマに、「服になにかがくっついている」というものがあります。前田さんは当時「白魔術のように、普通なら一緒にならないはずのものを一緒にしてみた」と説明されたこともありますが、服にくっつけられたものとしては壁、ハンカチ、壊れた家電や照明器具、カーテン、引き出しやハンガーなどの家具、などです。それらはすべて人の暮らしのなかにある物で身近なものです。そこから意外な緊張感のある美が生まれていたり、でも実際にその風景を作っているものは着る事のできる、見た目よりじつは着易い服だったりすることがより謎めいた経験を見るものに与えるのですが。意外だけど身近なものを服に付けるという行為はどういうところからきたのでしょうか?
最初に壁だったのは? ベルリンの壁ではないですよね?
Y.M: まず、壁を服にくっつけるという発想は、肉体と何かの間にあるもの、オーラの存在を感じさせたい、というのが最初からありました。精神世界への興味を自分の作るものの中に入れたいというのがあったのですが、どうしたらいいかわからずに。そのころを振り返って今、思うのは自分の身近にあって目に入るもの、つまり日常と、服との関係を考えて、作品にしていたのかもしれません。小さい中に、すごく大きな物を、見ていたのかもしれません。
Steamer 2000
船に一人の女が乗っていた。
見ると彼女はずたぶくろのようなものを自分の子供のように連れていた。
乗客達は彼女になぜそれをいつも持ち歩いているのか尋ねた。
彼女は、これは子供でもあり救助袋でもあると答えた。
船が遭難した時にその子供は水に浮くそうだ。
乗客達は彼女を変わり者だと思った。
彼女は寂しさと不安を抱えているのか。
しかし、誰よりも彼女はポジティブに見えた。
滑稽でばかばかしいその格好は、船旅行をする彼女の寂しさと不安を彼女なりに解決していた。
これは本当の意味で感情的な彼女がつくったコレクションです。
彼女はいう、“これが私のマリンルック”。*
Steamer Doll 2001
船にのっていた彼女がドキュメンタリー番組に出ていた。
船からおりて田舎町で暮らしているという。
「田舎の人たちはきらいよ。あたしを見て何をもっているんだとか、この荷物を探ろうとするの。ひどい人になるとこれを奪い取ろうとする人もいたわ。」
彼女は相変わらずあのずたぶくろをもっていた。
「でも、ここの景色が好きなの。あたしの小さな家も気に入っているわ。そしてこの荷物はあたしのおまもりみたいになっているの。すごく気分が落ち着いて幸せよ。まったくこれのおかげね。」
この番組を見ていた女の子が彼女の荷物をまねて、ビニールに空気をいれてそれをスカートにくくりつけた。
女の子は皮肉な笑顔を浮かべてつぶやいた。
「これで幸せになるのかしら。」*
N.H: Steamerは初めてCosmic Wonderがパリコレに参加した2000年の作品です。
装飾が多く、今と随分印象が違いますね。Steamer Dollと続いて2シーズン、同じ方向性の発表がありました。
Y.M: ハイヒールだし、オシャレしたオバチャンみたいな(笑)。ファッションに注目しない人のための服のようなもの。当時はコレクションごとに短い詩のようなストーリーを添えて発表していたのですが、この時は幽霊みたいな女の人の物語でした。どこかで会った、どこかにいそうな無名の人というか。ファウンドフォトの印象のようなことを、服をつかってやりたかったのです。
N.H: 唐突に出会う異質なものとの対面というか?
Y.M: グレーな部分を想像をしてしまうような全体感というか。
N.H: パリコレに出て行くということはどんなことだったでしょう? それまでは大阪を拠点とした「写真集」か「写真とビデオ作品」による発表でしたが。
Y.M: 年に2回、必ず作品を作ると決めていました。見せる場所を持つことが必要だったのだと思います。
Conversation with Electrical Appliances – Broken Radio, Worn-out TV…. 2001
壊れたラジオや使い古されたテレビを装飾するためのドレス
機能がなくなり忘れ去られたものにあらたな価値観を与える*
N.H: その次のConversation with Electrical Appliances- Broken Radio, Worn-out TV….からぐっと、インスタレーション的な流れになってゆきます。ひとつの転換点がConversation…だったと思うのですが。
Y.M: そうです。この頃から、よりつよく「空間」「アート」を考えるようになりました。服を着た人物がいることで、空間にどう影響を与えるか。服だけでなく空間を含めた美しさというものを考える、ということは、今にも続いていることだと思っています。同時に、それは発表を見る人のことだけではなく、服を買った人が、その人のいる空間でどう見えるか、ということへの興味でもあります。
N.H: なるほど。前田さんはパリでも発表した空間の、モデルや観客がいない場面を撮影し記録する、という行為を続けていて、「この空間も作品である」という意識を早いうちから抱いていらっしゃいましたね。今こうして振り返ると自然なことのようですが、あの忙しいパリの日々のなかで敢えてそういう記録行為をするということは、背後に強い意志があったのだなと思うのです。アートとファッションというテーマがさかんに議論され、パリコレ中もファッッションショーではなくインスタレーション形式の新作発表が多かった時代です。
Y.M: 多かったにもかかわらず、ファッションでもありアートにもなりえる、という実感をもてるものはほとんどなかったのです。視覚的に驚くような形状だけではアートとは呼べないと考えていました。実際、アートとしての面白さまで踏み込めたら、すごく面白いものができるのではと思っていました。
*詩のテキストはコレクションにつく当時のコンセプト
2017年1月17日
林央子 前田征紀
Steamer 2000
Show at Centre Pompidou, Paris
Photography by Nakako Hayashi