Free Press
The sheep around me
私は何世紀にも渡り羊飼いが作り出した風景が残るコース地方で暮らしている。羊を入れておく囲い、羊飼いのためのシェルター、区画を隔てる低い壁など、すべて乾燥した石でできていて、それらは過ぎ去った歴史を思い起こさせる。石灰岩の台地であるコースは、海抜数百メートルに位置し山でも丘でもない平地だ。土地の特殊な性質のため多くのものが育たず、古くから農家が羊を放牧している。羊はチーズの原料となるミルクのために飼育され、ミルクを作るために毎年子羊を産む。子羊はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の伝統に従い、イースターのために殺され食されている。また、毎年刈り取られる羊毛は寝具(マットレス、枕、毛布)や衣類に使われている。コース地方には特有の羊がいて、目の周りが黒く眼鏡をかけているように見えることから通称「メガネをかけた羊」と呼ばれている。この辺りはバスク地方のように今は羊の飼育をあまりしていない。
私の友人に羊飼いのアントワーヌがいる。『Ici-bas』というスライドショーのために彼を撮影した。彼は羊飼いの家系ではなかったが、別の人生を歩みたいと思い羊飼いになった。羊飼いは今でも自由と孤独の代名詞であり、東洋における旅をする修行僧に似ている。大変な仕事だが、季節の移ろいを感じながら自然の中で生活することができる。アントワーヌが飼っているサルダ種の羊はたいへん美しい。彼は羊たちに敬意を払い、病気になったときは自然療法を施す。夏になると羊の群れを別の場所に移し、より多くの草を食べられるようにする。これはトランスヒュマンスと呼ばれ、ヨーロッパでは先史時代から行われている。
私は先日、スペインとの国境に近いバスク地方の山間部を訪れた。そこでは夏になると羊たちが柵もなく自由に草を食んでいた。様々な種類の羊がいてその中でもバスク地方特有の黒い顔のマネックの羊毛は硬く、触れると痒い。この地方の村に暮らし、羊毛を手紡ぎ手編みをしていたメアリーのマネックウールを使ったセーターを私はいくつか持っている。彼女は2年前に90歳になったとき、羊毛の仕事をやめた。原毛から作った独特の雰囲気を持つ彼女の衣を手に入れることができて私は嬉しかった。メアリーは羊飼いからもらった羊毛は何でも使っていた。マネックウールのセーターは着心地がいいものではないけれどとても美しい。
私は大地を彩る白くふわっとした羊のシルエットを見ていると、魔法にかかったような気分になる。時折、羊と目があい見つめ合うと動物を利用する人間の一員であることに罪悪感を感じると同時に、私もまた哺乳動物であることに気づかされる。
September, 2021
Elein Fleiss
Photography: Elein Fleiss