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Cosmic Wonderのあたらしいかたち
お盆の前日の8月12日、Cosmic Wonderからメールが届いた。現在はあらたな活動の為に休館しているCenter for COSMIC WONDERが8月24日に開館するという。「ひかりのあわ」と題された告知メールには「COSMIC WONDERのあらたな概念による製品の発表が始まります。手つむぎ手織りの自然布をはじめ、オーガニックコットン、オーガニックリネン、オーガニックウール、色彩豊かな天然草木染め。 伝統的な素材をはじめ、天然の桑の葉だけで育てられた蚕の貴重な日本の絹など。今をつむぐさまざまな光をここに。」というメッセージが添えられていた。
その前日に、彼らの新作コレクションの印刷物が届いていた。すいこまれるように美しい湖面のような水色のワンピースは、古い着物を剥いでパッチワークされたもの。麻に似たかろやかな雰囲気だが、また別の植物の繊維からとられた、ふんわりとかるく羽織れるベストは、どの民族とは特定できないもののそれとなく伝統的な衣服を連想させるシェイプをしていた。と同時に東京という都市にいてそれをはおってみても違和感のない、高いデザイン性を保ってもいた。
これらの服は、彼らのいわゆる「秋冬シーズンの新作」である。しかし、とりわけこの一年間において彼らのつよい変化への希求と、それが現実とどう折り合いをつけていくかの過程を見守ってきた私には、改めて大きな意味をもつ第一歩である、ととらえている。いまここにある彼らの活動は、現在のファッションシステムと並行して歩きながらも、自分たちなりの服づくりを継続していくため、あらたなる変革を展開しようとする確固たる意思のもと、組織の編成や働き方の刷新をも含む、ラディカルな活動の一端である。
2014年に水戸芸術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館という2つの美術館を巡回した「拡張するファッション」展で発表した作品も、その変革のプロセスを反映させていた。このグループ展においてさまざまな作家の作品、インスタレーションのなかでもとりわけ異彩を放っていたのは、古い農機具や食器、焼き物や石、鏡などとともに、何枚もの円形の布が空間に配置されているCOSMIC WONDERの空間だった。草木染めによる独特の柔らかな色彩、ベージュからピンクやグレーまでの布がつなげられ、刺し子が施された丸い布。それはスタッフの一人がすむ宮崎で、伝統的な工芸をたしなむ女性たちのサークルの手で縫われたものだと設営の時に聞いた。「おばちゃんたちに私が服作りを教えたりして、その代わりに縫ってもらったりして作ったものなんです」
振り返ってみれば、2014年の初春から初秋にかけて、茨城県水戸市と香川県丸亀市という二つの日本の地方都市における現代美術館で開催されたこの展覧会にむけて、前田征紀から具体的なアイデアが提示されたのは、一年前の夏だった。それは「COSMIC WONDER RESTAURANTという新しい概念の、一日かぎりのパフォーマンス(であり、ファッションショーでもある)とそのための空間」という斬新なものであった。その基盤にあるのは「贈与経済」という概念だったが、いつも通り前田からそれ以上の詳しい説明はなかった。一ヶ月後、ニューヨークで彼らが9月に実施したパフォーマンスの映像や写真が提示された。美しく、自然で、あたらしい感覚の風が流れていた。完成形が見えないまま、私たち(水戸芸術館ならびに丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の学芸員と、展覧会の原案となった本『拡張するファッション』の著者である私)は、それを「実現させましょう」という方向で動き出していた。
2014年2月22日に始まった水戸芸術館での展示は、ニューヨークで行なわれたパフォーマンスのように、円形の布を空間に敷くことが出発点であったが、展示する部屋に合わせて再度敷物が作られた。また日本での発表を意識して、古い農耕具が添えられていた。会期中週末には、東京からの集客を期してさまざまなイベントが組まれたが、会期最終の日曜日に、待望のパフォーマンス「COSMIC WONDER RESTAURANT」が行なわれた。それは、マジカルな一日だった。晴れた日、青々とした5月の芝生の上で、来館者たちがもちよった「贈り物」とひきかえに「ランチ」が供された。目に美しく美味なる料理は吟味された材料と、京都の職人の手によるものだった。笙や弦楽器、肉声によるチャンス・オペレーションの音楽と、パフォーマンスと食事。そして、布や円形の鏡などの彫刻。音楽やダンスの演奏者も、そして前田征紀らのスタッフが身につけていたのも、ここで初めて着用された「秋冬」の新作であった。つまりこれは、美術館の展示最終日に館内の庭で大々的に開催された、新作発表の場(すなわち、いわゆる「ファッションショー」と言うこともできる場)でもあったのだ。
水戸での会期を経て、6月14日から始まった四国・丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館(通称MIMOCA)では、会場空間に合わせて前田が一人で設営を行った。2度目の展示にあたっては、改めて細部が再考された。水戸のパフォーマンスによって集められたオブジェ、ガラスの壷や水晶などの鉱石、パフォーマンスの日に前田が着ていた着物などが新たに加わっていた。
円形の敷物はよく見ると幾何学模様の刺し子が施されている。なかには、前田自身が指したものもあった。「親指が痛くなりました(笑)」と笑う前田だが、ちょうど一年前の夏のある日に彼が、「もう服作りをやめます」と発言していた時期もあったのだから、その笑顔は長年COSMIC WONDERの活動を見続けてきた私にとっても、とてもうれしい笑顔だった。
彼によれば、あたらしいCOSMIC WONDERの世界観を一番よく現しているのが、「拡張するファッション」展における展示だった。その部屋を丁寧に見れば、注意してみれば、たしかに数着の衣服がある。しかしその空間で「服」をまず見つける人は少数にちがいない。円形の敷物、木の枝や水晶、古い食器など。そこに置かれたいくつかのオブジェ、農作業の用具、白木の台などとともに、ひっそりと、服がある。それは、都市中心の、一方的な消費に傾いた生活のありかた全般に対してまた別の、日々の生活との向き合い方、すなわち食物なり衣服の素材なりを、暮らしのなかで自分たちの手を加えながら生産することを、シンボリックに示していた展示だった。
「これから作る服は、今までも取り入れていたのですがさらに徹底して、天然の草木染めや、手織り手つむぎなどより伝統的な制作方法に基づいた素材を中心に、展開していきたいんです。そのためには会社ごと京都の田舎のほうに引っ越す計画があって、今もそのために、組織ごとゆるやかに変えていっています」。より少数の、家族的な運営によるデザインチームとして、拠点を商業や通商の中心地からあえて距離を置く。MIMOCAのオープニングの夜、BLESSのデジレと前田征紀はそのような「変革」の可能性について、真剣に語り合っていた。BLESSはすでにそれを実践しているデザイナーとして、一時期はメキシコに拠点を移し、現在はLAベースになった、自分たちと同郷のドイツ人デザイナー、ベルンハルト・ウィルヘルムの名をあげた。産業の中心的都市から距離をおき、地方に拠点を移す動きはファッション界にも起こり始めているが、しかしそれはことに日本ではファッション界に限らず、さまざまな分野で東日本大震災以降顕著になってきた新しい流れでもある。
COSMIC WONDERのあたらしさは、そのような、毎日の自分たちの暮らし全体のあり方にかかわる変革を、あらたな組織編成や仕事の仕方によって、自分たちなりの服作りを継続しながら、並行して実践していこうという姿勢にある。この難しい時代にあって、ビジネス的には軌道にのっていた時期に、あえて、なぜそこまで大胆に「変えたい」のか? という、TVのアナウンサーが聞きそうな問いを彼らにむけて発しても、具体的なエピソードや明快な回答は帰ってこない。日々私たちが生活のなかの一つ一つの行為を無自覚に行っているように、彼らのチョイスは往々にして、言葉で整頓しようとしてもはみ出るような、さまざまな感情や感覚から実践されているからだ。
私が何より重要だと思うことは、たとえ背後にある思想や、彼らが変遷期にあるという事情を知らなかったとしても、彼らの新作である服を目にしたら、その服に袖を通したら、新たな感覚の着衣体験が待っているということ、その服自体の完成度の高さそのものである。彼らのつくる服が、素材の色や質感に癒されながらも高い質のデザインを維持しており、センスと感覚のエッジーなバランスの鋭いきわみで、ファッションとして成立しているということ。つまり、美しい素材でつくられた美しい服でありまた、新しいデザイン感覚を備えているということ。これだけ服があふれている時代でありながら、そのこと自体は他に類を見ないのだから。
2014年10月22日 林央子
Photography by Yurie Nagashima
COSMIC WONDER
“COSMIC WONDER RESTAURANT”
2014
Installation
Exihibited in “You reach out – right now – for something : Questioning the Concept of Fashion”
at Mito Art Foundation, 2014